僕が16歳の頃に母が亡くなってから20年が経った。
今月に誕生日を迎えて36歳になったからこんな事を書いてみようかと思う。

今日気づいたのだけれど、母がいた時間より母がいない時間の方が長くなっていた。
悲しみはもう随分前に通り越しているけど存在は忘れた事がない。

ただ、忘れた事がないのにどんな声だったかはもう思い出せない。
そうか、どんな声だったかはもう思い出せないんだ。そんな事にも今日気づいた。

あの頃に聴いていた歌手の声も演奏も頭の中でわりと細部まで思い出せるのに。

母は三味線の大先生に免許皆伝をいただいて、いつも家で三味線を弾きながら民謡を歌っていた。

それでもどんな歌声だったのかもまるで思い出せないのはどうしてだろう。
いつも家の中で響きわたっていた歌声のはずなのに。

一番自分を作った人の声を忘れてしまった僕が、今は歌というもので人に声を覚えてもらいたい気持ちで歌っている。

早くに母親を亡くしたあの16歳の頃に歌いはじめたのは、もしかしたら甘えたがり欲求の延長だったのかもしれないな。

でも今は、歌う事が何よりも好きだし
歌う事でたくさん助けられてきたのも事実。

心の状態も現実の生活も、本当にたくさん助けてもらった。

母の声を忘れてしまったけど、母からもらった声が助けてくれているってのはなんだか温かくて良いものです。生きてるけど父もね。

お母さん、どんな声だったっけな。